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フィリピンの歴史【episode 8】アキノ大統領、ラモス大統領時代

投稿日:

マニラ ロックダウンを機に、、有り余った時間を何かしようと始めた

(望まぬ)夏休み 自由研究企画

『ざっくり学ぼう!フィリピンの歴史』シリーズも、そろそろクライマックス!

今回の動画 ↓です!

では、以下文字起こしです

前回のおさらい

今回は、コラソン・アキノ大統領を通して、この時代のフィリピンを追ってみましょう! です。

が、またその前に 前回のおさらい、、

マルコス独裁政権末期、すでに統制がきかなくなった政権内
そこに起きてしまった、ニノイ・アキノ暗殺事件。

何とか国民の支持を取り戻そうと強行した 大統領選挙が逆効果となり、国民の怒り爆発!

ピープルパワー『エドゥサ革命』 がマルコスに迫る。
逃げるマルコスをアメリカが 強制亡命で連れ去り
コラソン・アキノが大統領として就くのだが、、

はい! 今回の本題となります

第11代 コラソン.アキノ大統領

1933年 タルラック州、中華系の大地主であり、政治家ファミリーに生まれる。
(コモンウェルス成立の一年前ですね)

1953年 NYのヴィンセント大学でフランス語を専攻して卒業。

その2年後1955年 22歳にしてニノイ・アキノと結婚

だがその後、ニノイは、反マルコス派の中心人物として逮捕、投獄

そしてフィリピン追放に同行し、学生の頃過ごしたニューヨークで
亡命生活を送る。

フィリピンの未来を憂いたニノイは 命の危険 を省みずの帰国
そして暗殺されてしまう。

これを機に『打倒マルコス独裁政権』の中心となり

エドゥサ革命》を経て大統領就任。

(詳しくは前回をご覧ください!)

さて、

コラソン・アキノ大統領時代

のフィリピンは?

大統領就任後マルコス時代の1973年憲法を停止
(これは、1935年憲法を廃止しマルコスが独自で変えてしまった憲法ですね)

新たに 1987年憲法を、圧倒的支持を得て可決、公布。

「生命、人民、貧困者、フィリピン人の尊重」
「反独裁」「三権分立」
なんと「核兵器の禁止」も入ってますね!

そしてもちろん、二期以上の大統領就任の禁止も!

この頃のフィリピンは、人口が6千万人を超えた頃です。

アキノ大統領は就任早々、来日もしており、昭和天皇との面会、中曽根首相との会談もしてますね!

しかし、政局は 穏やかではありません。
独裁政権が解体して、共産勢力が強まると共に、都市部と農村部の格差は広がるばかり。

同年、農業労働者 が 労働改革を要求しマラカニアン宮殿を目指してのデモ。
一部 暴徒化した農民へ 海兵隊が発砲。
13名の死者を出してしまい、閣僚が次々と辞任の騒ぎに。

ただ 翌年1988年
農業労働者の声に応え、農地改革法が制定。

農地改革とは言え、これがきっかけで、カビテ州、ラグナ州の
巨大地主の土地が工業団地へと転換されることにもなったのですね。

今もここでお仕事をしている日本人も多いですよね!

この頃の経済成長は6%に迫る勢い。
独裁政権が終わり、抑えられていた商品の購入需要、

活発な民間投資と、輸出の増加がこれを支えます。

そして、あの!付加価値税VAT
(この時は10%ですね。今は12%)
これが、登場します。

また、マルコス戒厳令で解体されたロペス財閥 傘下のマニラ電力MERALCOですね。

強制国営化されておりましたが、復活したロペス財閥に戻り、、
「日本より電気代が高い」とか
「不法収益上げ過ぎ」とか、、
叩かれながらも今に至ります。

景気は一見 好調ではありましたが
アメリカ、日本を中心に 海外からの借款の増加
債務返済 繰延によるものでもあり、実際に国の借金は
膨れ上がるばかりでした。

1989年12月 4年目に入った政権下で、新憲法に沿った 態勢固めの中
国軍の改革では、軍将兵らの反発を招き、クーデター騒ぎとなる。

マルコス政権下で肥大化した国軍の再編を進める中で、軍内部の不満が高まり、たびたびクーデター未遂が起こっており、今回が6回目にして最大規模。

『非常事態宣言』を発令する事となります。

不本意ながら、アメリカ軍の支援で 何とか対処をするも
アキノ政権の 政権統率力の弱さを露呈。

そして、ここから不運にも《天災》が襲ってきます。

クーデターの翌年 1990年7月 
『バギオ大地震』
マグニチュード7.8
東西約100キロ 南北約150キロにわたっての被災
死者1621人
倒壊家屋10万以上
経済的損失は計り知れず、、

その復興が進み始めた一年後の
1991年 6月 ピナトゥボ火山の大噴火
およそ400年ぶりの噴火で、20世紀最大級
直接的な被害は中央ルソン 5州に及び、死者847名
家屋被害11万棟 以上

この動画シリーズでも何度か登場の
クラーク アメリカ空軍基地。

もともと米比軍事基地協定の失効と、アメリカ兵による事件が続き、、沖縄ではありませんが住民の反対運動もあった最中。

火山灰で基地機能は使い物にならなくなり、撤退の決定。
翌年、完全撤退。

スービックにあった海軍基地もフィリピン議会の決議にて撤退、返還。

今では大都市のBGC ボニファシオグローバルシティーも、、
協定の失効で 完全にフィリピンに戻り
時を経て その跡地が今の BGC へと変貌する事になるのですね。

まぁ、でも、このアメリカ軍、完全撤退が
今の 南シナ海の中国による

「言った者、既成事実作っちゃった者勝ち」

問題にもなるんですよね、、

話しを戻します。
ピナツゥボの噴火による 大気エアロゾル粒子
(細かーな火山灰などのチリ)
が、成層圏にも到達。
何ヶ月も残留し、これにより地球の気温が0.5度下がりオゾン層破壊も進んだと言われます。

私もよく覚えてるのが、、
東京で美容師見習いをしていた頃ですが、夕方 空を見上げると、夕焼けがオレンジ色ではなく
紫色になっていて、綺麗だけど、、
何か不気味だったのを思い出します。

今現在は 2020年5月です。
報道はコロナウィルス一色となっておりますが、その前の
1月12日には TagaytayのTaalが、やはり噴火をして大騒ぎ。

そして最近も、ピナトゥボ だけでなく、マヨン火山でも活動が観測されていると聞いております。

ちょこちょこと首都圏でも、地震もありますし、、
ちょっと不安ですね。
ま、備あれば、、ですね!

余談ついでにフィリピンの国民的庶民食
『ジョリビー』ですが、このピナツゥボ噴火の年に100店舗の出店を達成しております。

ちなみに創業は1975年

《マグノリア アイスクリーム パーラー》として開店。
1978年に『ジョリビー』として創業マニラに7店舗を出店しました。

ジョリビーのルーツは、マルコスが中国と国交樹立したときに始まっていたんですね!

また同年 新地方自治法 制定
地方分権が積極的に進む

この年の湾岸戦争によりアラブ諸国に出稼ぎに行っていた労働者の帰国による、労働力の過剰

クーデター騒ぎ、大地震、大噴火、、
経済が低迷する中、失業率とインフレの急上昇。

1960年代には 一人当たりの
国民所得は日本に次ぐ アジア第2位だったフィリピン

90年代に入ると、韓国、台湾、マレーシア、タイ、、と抜かれて「アジアの劣等生」とまで言われてしまうのです。

この頃のフィリピンを象徴させる 残念 なものに
『スモーキーマウンテン』がありますよね。
フィリピンに関わりのない方も、聞いた事はあるのではないでしょうか?

1954年にマニラでゴミ焼却が禁止され、ゴミ投棄場となったトンド地区の一角です。

現在は土が被せられ「無かった事にしておこう」感がある様ですが、、

長年溜まった ゴミから発生するメタンガスによって自然発火が起こり、常に煙が立ち込めるところとなり
スラム化が進んでしまったところです。

大人気のワンピースにもこんな場面、出て来ますね。

80年代後半より《スカベンジャー》《ウェストピッカー》と呼ばれる廃品回収をする貧民が、フィリピンの貧困の象徴として世界的に注目されてしまいました。

そのイメージは強烈で、未だに《フィリピン》と聞くと、残念ながら その場面を浮かべる方いるのではないでしょうか?

政府はイメージが損なわれるとして1995年に閉鎖。
住民も強制退去となりましたが、規模は小さくなるも場所が変わり、今もなおこの問題は続いています。


なんだかんだで アキノ大統領は1992年の任期満了まで就任しており
なんと、その後なんですが
1999年
(日本はノストラダムスの予言が話題だった時)
三洋電機の社外取締役を務め、そのまま最高顧問にもなってます!
(私も三洋さんのWデッキラジカセ
お年玉で買いました!)

ただ、2007年 経営不振の煽りを受けて辞任しております。

翌年、2008年直腸癌であることを公表し
2009年8月1日に76歳で死去。

2010年より発行の500ペソ紙幣に夫婦揃って肖像が使用されています

そしてその息子《ベニグノ・アキノ3世》が 後に第15大統領となるのです。



では、このまま続いて

第12代 フィデル・ラモス大統領

1928年 パンガシナン州にて外務大臣の息子として生まれる
(アメリカがスペインからフィリピンを買収して「フィリピン自治法」を試行錯誤している頃ですね、、
けっこうお歳です)

終戦後1946年、
アメリカ ウェストポイント陸軍士官学校に 国費留学。
1950年 イリノイ州立大学で、工学の学士号取得。

1952年、朝鮮戦争に従軍
1966〜68、在ベトナム フィリピン軍 民事担当参謀長
1972年 マルコス政権下で、国家警察軍 司令官

1986年 エンリレ国防大臣と共に 反マルコスを唱え、エドゥサ革命に貢献

アキノ政権下で 国軍参謀総長となり、幾多のクーデター未遂を乗り切り
1988年国防大臣に就任

1992年6月アキノ大統領により後継者指名され、大統領に当選

歴代大統領の中で唯一プロテスタントなのと、、
田中真紀子さんに、真っ先に『軍人』と言われそうな経歴ですね。

大統領就任期間は98年で、二期目の出馬を辞退しています。
国民の支持は良かった様ですが
あまり政策の記録見つかりませんでしたでしたので、、

年ごとに出来事を追って行きましょう

ラモス大統領時代のフィリピン

1993年 フィリピン証券取引所の発足と、フィリピン中央銀行の刷新
ほぼ、今のシステムになりました。

1994年 フィリピンの人口は6千7百万を超えます。

そしてあのSMが、、
プライム ホールディングスを設立し、早速、フィリピン証券取引所に上場

ちなみにSMの創業は、1958年靴屋の《シューマート》をマニラで創業

1972年フィリピン初のデパートSMキアポを開店
これはこれで、開店早々にマルコス戒厳令だったんですね。

フィリピンの大富豪、SMのルーツは、マグサイサイ大統領が不慮の事故死を遂げた翌年だったのですね。


1995年 フィリピン国軍と長年戦い続けていたMNLF 《モロ民族解放戦線》の軍事反乱が終結。

翌年、1996年 和平成立
ミンダナオ南部など14州に暫定的な行政機関
《南フィリピン和平開発評議会》
の設立
MNLF兵士の国軍統合が実現。

、、も、これも とりあえずで
アロヨ政権になり、また問題も起こりますが、とりあえずは和平成立と言う事で。

1997年 政府が所有していた
「マニラ首都圏上下水道サービス」の民営化
《Manilad》は、、

フランスのオンデオと手を組んだロペス財閥の傘下として 西地区を
(今は日本の丸紅さんが大きく出資をされていますね!)

《Manila Waterは》、、

イギリスのユーティリティーズ、アメリカのベクテル、そして日本の三菱商事と手を組んだアヤラ財閥の傘下として 東地区を。

この民営化は2000年代に入り、水道料金の4〜5倍の高騰があったり
2020年早々にも「政府に不利な契約をしていた。 
次の契約はしない。 国営に戻して、この経営者を逮捕するぞ!」

とドテ大統領の怒りを買ったり、、

まぁ最近、大統領もこの発言を謝罪している様ですが、民営化は失敗だったのか?の問題は続くのでしょうか?

同年、アジアでは
《通貨危機》が起こりましたが、タイ、インドネシア、韓国が大打撃を受ける中、フィリピンはアメリカドルとフィリピンペソの為替レートを固定していなかったので、他の諸国よりはダメージが小さかった様ですね。

そして次の時代へ!

1998年エラップの愛称で、中流階級出身 元俳優の
《ジョセフ・エストラーダ》大統領

の時代に入って行きます。


はい! 今回はここまで

思ったよりちょっと長くなってしまいましたが、今回も最後までお付き合いありがとうございます。


フィリピンの歴史シリーズも残りあとわずかですが、、
今回もこちらをよろしくお願いします。

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