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フィリピンの歴史【episod 7】マルコス政権の終焉 世界に伝わった。エドゥサ革命!

投稿日:5月 15, 2020 更新日:

今回のフィリピンの歴史
【episode 7】マルコス政権の終焉世界に伝わったエドゥサ革命。

動画です👇


と、その前に前回の【episode 6】のおさらい、、

持ち前のバイタリティーと人気で、大統領に就任したマルコスは、友好国アメリカなどの支援を
バックアップに経済成長を重点科目として、数々の功績を上げる。

同時に、共産主義、反政府の、武装組織によるゲリラ活動も次々と、、

国の治安を守るためと《戒厳令》を敷き、議会の解散、憲法改正など
《開発独裁》体制へ!

フィリピン軍、いやマルコス軍がますます増強され、弾圧が進む。

財閥等の既得権益の解体も推し進めるも、その権益は フィリピン国民には回らず、マルコス一族とそれに取り巻くもの、クローニー達の財へと移行しただけ。

GDP成長7%を誇ったフィリピン経済も、クローニーらの贈収賄、恐喝、横領による政府内の腐敗により、マイナス成長へと向かう。

そんな中、かつてフィリピンから追放した、反マルコスの象徴、ニノイ・アキノが亡命先のアメリカから帰国も、到着早々に暗殺されてしまう。

直接マルコスの指示では無いにしろ、フィリピン国民そしてアメリカを始めとした友好国からも、反マルコスの動きは膨れ上がる。

そして、いよいよ、、

はい!今回の本題に入って行きます。

 マルコス政権の終焉

政府の腐敗がますます続く中、マルコス自身も腎臓の手術などで長く閣議を欠席。

イメルダ夫人が、政局を取り仕切るも、元々政治手腕に欠けた クローニー達は、私服を肥やす為の政策に走る。

(代表的なものが、バターン原子力発電所、ですね)

徐々に一族とクローニーによる汚職、そしてイメルダ夫人の豪華な 生活スタイルが明らかになり

国民の不満、怒りは 反マルコス デモとして、
そしてテロもフィリピン全土に広がる。

国内情勢が不安定となれば、アメリカ、日本など、友好国からも、悪い意味で注目を引き、、

GDPを支えていた 外資による投資も、観光による外貨獲得も遠退いて行く。

そんな中での1983年
ニノイ・アキノ暗殺事件
(詳しくは前回をご覧下さい。)

仲が良いはずの アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンからも、暗殺責任を非難される。

一方で、ニノイ・アキノの遺志を継ぐ者として、未亡人のコラソン・アキノ(通称コリーですね)

が、反マルコス派のシンボル的存在として注目を集める

 マルコス 最後の選挙

内からも外からも非難の対象となったマルコス大統領は、国民の不満そして 国際社会の懸念を払拭するため、任期を残して 大統領選を行うと発表。

改めて国民の支持を受け大統領に就く
そもそも有力な対抗馬はいないだろう、、
居ても、開票操作で、、

そんな思惑の中で 大誤算。
マルコスの弾圧を恐れ、沈黙を守っていた、アヤラ財閥、ソリアノ財閥などが反マルコス声明。

政治とは一切無縁であったコリーを、大統領選の舞台に押し上げる!

フィリピンを自らの命と引き換えに救おうとしたニノイをイエスに例え、コリーはその聖母として。

フィリピン全土で、徹底した反マルコス キャンペーンを行い、政治には全くの素人だったコリーだったが、多くの支持を獲得。

そして、2月7日 投票が行われる。
すでに世界も見守るこの選挙。
不正を防ぐためアメリカCIAから《選挙監視団》も派遣される。

開票の結果は、、

 

選挙監視団と、公式の投票 立会人らわ
「コラソン・アキノが80万票差で勝利」 の発表。

それにに対して、マルコス政権下の中央選挙管理委員会 は
「マルコスが160万票の差で勝利」と発表。

このあからさまな開票操作は、フィリピン国民のみならず、カトリック教会やアメリカ合衆国連邦政府からも非難を浴びる。

人々は親指と人差し指でタガログ語の Laban/ 闘争 の意味の頭文字 L を掲げ、コリーのシンボルカラーであった。
黄色のTシャツを着た人々による 反マルコスデモが各地で沸き上がる。

15日、焦ったマルコスは、野党議員がいない隙に大統領就任の手続きを済ませる。

勝利宣言

同日午後、コリーは、ルネタ公園で
(ホセ・リサールが銃殺をされた 今のリサール パークですね)

「人民の勝利」集会を開き、大統領選での勝利を宣言。

ニノイの遺志を継ぎ、「非暴力による不服従 運動」の展開を呼びかけます。

反マルコスの動きは日増しに膨れ上がり、フィリピン国軍の内部からもマルコスに離反する一派が現れます。

エドゥサへ!

2月22日
ファン・ポンセ・エンリレ国防大臣、そして 後に 第12代大統領となるフィデル・ラモス参謀総長。
「マルコスをもう大統領とは認めない」と大統領辞任を求め国防省のある クラーメ基地 に籠城。

(今もクバオとオルティガスの間にあるあの広い敷地で、フィリピン初代大統領の名前が付けられた《キャンプ アギナルド》すね)

マルコスは ベール参謀総長に 反乱軍排除を命令。

いくら国防省、国防大臣とは言え、この時に動いたのは500名足らず。
マルコス軍に対しては、明らかに多勢に無勢。

死を覚悟した エンリレ大臣は、シン カトリック教皇へ最後のメッセージを送ると

シン教皇は即座にラジオで国民に訴える。
「市民達よ、1人でも多くエドゥサの大通りを埋めておくれ。エンリレとラモスを守るのだ」

カトリックのシスターをはじめ、多くの市民が十字架を手にエドゥサで祈りを始めます。

その数は100万人を超え、テレビを通して世界にライブ配信。

市民達は 戦車の行手を阻みながらも、ニノイの遺志を継ぎ、兵士に花、水、食料を差し出す者もいた。

しばらく続いた張り詰めた空気は次第に解け、マルコス軍は退却。
中には武器を捨て、民衆側に加わる兵士も。

これを見届けたアメリカ合衆国 レーガン大統領は、マルコスからコラソンへと支持表明。

ここでは マニラでのお話ですが、この動きはもちろんフィリピン全土にも。
現 ドゥテルテ大統領のお母さんもダバオ市にて 反マルコス《
イエローフライデー運動》

を率いていたそうです。

そして2月25日 コラソンは、クラブ フィリピノ で
(グリーンヒルズのお隣ですね)
大統領就任を世界に向けて宣言。

もちろん、民衆はここでもシンボルカラーの黄色に親指と人差し指でのLサイン!

しかし、相手はあのマルコス。
どんな手を打って来るのか、まだ余談は許せません。

群衆は、マルコス最後の砦 マラカニアン宮殿へと向かいます。

マルコス逃走

宮殿内で、結果 最後となる演説をしたマルコスは、アメリカ軍のヘリコプターで、家族共々マニラを脱出。

クラークアメリカ軍基地へ。

一旦は、マルコス忠誠派が多い故郷北イロコス州 ラワグへと
引き揚げ、時期を見て再起、、の思惑を もうアメリカは許さず

マルコスに行き先を告げず飛んだ飛行機はハワイへ。

その3年後 1989年マルコスは生きて故郷へ帰る事なくハワイで死去。

この革命はテレビを通して世界中に初めて生中継で伝えられました。

世界が監視をしている、、
マルコスはついに国民に攻撃命令を下すことができなかったのです。

同時にピープルパワーの持つ凄まじさも 世界に伝えました。

フィリピンだけの革命にあらずだったのです。

後の、ベルリンの壁、ソ連の崩壊
また 中国天安門事件、アラブの春など、多くの民主運動が影響受けたと言われます。

その後

ただ、、このエドゥサ革命
実はピープルパワーが独裁政権を打ち破った、、
めでたしめでたし、、
だけでは終わってはおりません。

コリーの勝利には、財閥のバックアップがあり、そして寝返った上級軍人が多くいます。

また、旧マルコス派としての勢力は残り、後にイメルダ夫人がその中心となったり、、
(I shall return、、ですね)

この後のフィリピンの政界は、新生アキノ派、軍部、旧マルコス派。

そこに経済界も加わり、改革に恩を売った財閥と、マルコスに解体されたが復活をした財閥の利権が加わり、、

新旧勢力がが絡み合う 複雑な情勢が続いて行くです。

コラソン・アキノ大統領が ラモス参謀総長 を後継者として、大統領に推したのも、そんな関係から

独裁者に立ち向かった英雄
エンリレ国防大臣が
実はニノイ暗殺の黒幕だったの?
なんて、都市伝説話しも多く残っている様ですね。

はい!今回はここまで

次回は コリー大統領
試練はこれから
デモ、クーデターと天災にも見舞われる です

どうなるのフィリピン
こうご期待!


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