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フィリピンの歴史 フィリピン文化

フィリピンの歴史【episode 9】ジョセフ.エストラーダ、グロリア.アロヨ、ベニグノ.アキノ3世 大統領時代

投稿日:

今回はいよいよ『ざっくりと知ろう!フィリピンの歴史』シリーズ

 最終回

ジョセフ.エストラーダ
グロリア. アロヨ
ベニグノ.アキノ3世

  ↓今回の動画です!


一気に三人の大統領時代を駆け足でご紹介しますので、早速 本題から入りますね。


《第13代 ジョセフ・エストラーダ大統領》

元俳優で Erapの愛称で呼ばれていました。

Erapはタガログ語の兄弟を意味するPareの逆さ読み。
親しみを込めて、、ですね。

1937年 (コモンウェルスが始まった2年後)
マニラの比較的貧しい トンド地区の中流階級で生まれる。

アテネオ デ マニラ大学を退学となり
(何か やらかしたんでしょうか?)

マプア工科大学に入学も、俳優になる為に中退

(大学を中退して、夢を追いかけるはニノイ アキノもそうでしたね)

その後、二枚目アクションスターとして 100以上の映画に出演する 大活躍。
ベストアクターに5回も選ばれているのですね!

政治家としては 親マルコス派としてスタート
1969年から17年間首都圏
サンファン区長を務め、名区長と言われる成果を上げます。

86年 上院議員に
91年 フィリピン大衆党 結成
92年 副大統領に
そして 98年 最大野党
《愛国的フィリピン民衆の戦い》
から立候補し、特に貧困層の支持を得て 圧勝

元俳優の大統領と言う事で
《フィリピンのレーガン》と呼ばれていました。
(マルコスはフィリピンの「ケネディ」で

現在のドゥテルテ大統領は フィリピンの「トランプ 」ですね、、)

妻は上院議員のルイサ エストラーダ。
就任時には80%を超える高い支持率と圧倒的 議席の与党による議会の把握。

《豊かで貧困のないフィリピン》と言うビジョンを掲げ、貧困者対策、農業改革、治安回復、汚職腐敗の撲滅、地方分権の推進を強調

ラモス前政権下の最後に起こった《アジア通貨危機》
そして、エルニーニョ現象による作物の不作で、就任時1998年のGDP成長率は0.2のマイナスだったものの、翌年からは好転。
ただ、この短い政権下では2.7%成長に留まります。

短い政権?何があったのか??

就任1年後からは指導力不足が顕著となり支持率が低迷、、

世界的にミレニアムと話題だった2000年

《ミンダナオ危機》

1996年 ラモス政権下で 和平合意に署名をした、南部フィリピン最大のムスリム武装勢力
MNLF《モロ民族解放戦線》でしたが、和平路線に幻滅した他の勢力
MILF《モロ イスラム解放戦線》と
ASG《アブ サヤフ》は武力行使を開始。

4月 エストラーダ大統領は国軍を派兵し 全面戦争 を宣言

大規模な戦闘により数十万人の難民が発生する。

また、政治混乱もあり通貨下落を招き
東南アジアの経済波乱 要因ともなってしまいます。

そして

エストラーダ政権の終焉

2000年10月 
違法賭博 収益金収受疑惑が浮上
この時の 友人であり州知事のルイス シンソンの証言がエグい

「エストラーダは賭博の元締めであるだけでなく賭博の神である
私が知ってる中で最も堕落した人間だ」

この発言はフィリピン全土に衝撃を与えました。

疑惑が発覚してから2ヶ月後の12月
フィリピン史上初の《大統領弾劾裁判》が始まる。

銀行重役の「偽名を使って エストラーダが巨額の資金を投資した」との証言もありましたが

決定的な資料を何とか隠し通すことができたエストラーダ
このまま、ズルズルと大統領を続けるはずが、、

2001年1月
「人民の力 聖堂」こと マニラの マリア聖堂に学生たちが集まり
大統領に対する抗議行動が始まる。

学生達は、この抗議活動に参加を求めるメールを送ったところ
そのメッセージは一気に広まり数日のうちに 7000万件 に拡散。

実際に70万人近くが集まり、穏やかな抗議活動を広げた。

裁判は 決定的証拠が提示出来ず、長引くと予想されたが、抗議活動が始まり、僅か88時間で、大統領を辞職に追い込む事となりました。

これが『エドゥサ2』『ピープルパワー2』と呼ばれる事になります。

まさに映画のタイトルの様ですね
元映画俳優だけに、、

しかしながら、この時は既に
《インターネット》の力によるものなんですね!
ちょうどこの頃は『第三次産業革命』と言われる《デジタル革命》の頃だったんですね!

ふと思い出すは、中山美穂さんの
PCのCMで
「Emailって、切手代いくら?」
って 言うものがありましたが、その時は私もこのCM見ながら
「やっぱり切手代いるの?」って思っていた頃ですね。

2000年以降のフィリピンの出来事をざっくりと

実はこの年の1月、南沙諸島の中国漁船の不法操業にフィリピン政府は 中国政府に抗議をしております。

もう、、この頃には「既成事実作り」が 始まっていたんですね。

5月、マカティのショッピングモールで爆弾テロ 死者はありませんでしたが、負傷13名
ここから大都市での爆弾テロが増えて行きます。

6月 日本の小渕総理の葬儀出席で、エストラーダ大統領 来日

7月 集中豪雨によりケソン市 パヤタスの ゴミ集積場で200人以上の死者

同月、北朝鮮との国交の樹立

9月 アブ サヤフ拠点に空爆
泥沼化してます

10月 ルシオ タンが、PNB(フィリピンナショナルバンク) に100億ペソ資本注入
(今現在はコロナの影響でフィリピンエアー、、存亡の危機ですね
がんばって欲しい)

ちなみにこの頃の首都圏最低賃金250ペソで、今の半分以下です

12月30日 《リサール記念日爆破事件》
首都圏で5カ所での連続爆発
死傷22名 負傷者100名以上の大規模テロ

2001年、年明け早々もマニラなどで連続テロは続きます。

同じく年明け早々に、大統領 弾劾裁判の再開

テロ、大統領裁判により 1月半ばにはペソ、株価とも記録的な急落

エストラーダに抗議して、政府閣僚多数が辞任。
国軍、警察も大統領支持を撤回。

そして《ピープルパワー2》が起き

1月20日 大統領辞任

エストラーダの息子

ちなみに2020年5月初め
コロナウィルスによるロックダウンで食糧難となった住民に魚を配った元上院議員の《ジンゴイ・エストラーダ》が 「自治体の許可を得ず、ソーシャルディスタンスを保たなかったと」として警察に拘束されましたが、このジンゴイこそ、エストラーダ大統領の息子なんです。

政府からの食料配給、または給付金を、中間で管理している者がチョロまかす、、なんて残念な話しは、こんな非常事態でも数々聞きます。

「悪事を働く奴は殺す!」と、強い大統領に変わっても、なかなか変わらないフィリピン文化の悪いところ。

そういった者がのさぼり、善意で魚を配った者が逮捕とか、ちょっと残念なニュースでした。

話しを戻しますね

エストラーダはその後

不正蓄財で逮捕され、終身刑が言い渡されたのですが
2007年 恩赦を受け

2010年大統領選に立候補も2位で落選
(懲りないですね、でも貧困層を中心に人気はまだまだあります)

2013年 当時76歳にして マニラ市長選に出馬
この時は、現職を破り当選

マニラに『東洋の真珠』の称号を取り戻す!
を目標に掲げ開発と 投資誘致
渋滞解消 に取り組みました。


そして時代は次の、、

《第14代 グロリア・アロヨ大統領》へ

フルネームは
「マリア グロリア マカラエグ マカパガル アロヨ」
長いですが、、そう!第9代大統領 ディオスダド・マカパガルの娘として
1947年リサール州に生まれます。

アメリカ ジョージタウン大学に留学し、なんとこの時

《ビル クリントン元アメリカ合衆国大統領》とクラスメートだったのですね。

帰国後フィリピン大学から 経済学博士号取得。

1968年(マルコスが独裁に向けて牙を向く頃 ですね)
ホセ・ミゲル・アロヨと結婚。

その後、大学教員をしていたアロヨは、当時のアキノ大統領からのラブコールで 貿易工業省 局長 に就任。

同省 次官を経て
1992年史上最高得票で上院議員に

1998年 エストラーダ大統領の副大統領として就任

そして《ピープルパワー2》でエストラーダ大統領の辞任により
大統領に昇格。

ただ、ここで一悶着、、

エストラーダ派からはこの昇格の正当性の疑問視。

結構 最高裁の判決で正当さが認められるも、デモ、反乱、暴動が 次々と起こってしまいます。

同時にARMM《イスラム教徒ミンダナオ自治地区》では
MNLF《モロ民族解放戦線》のミスアリが武装蜂起。

ラモス政権時に結ばれた 和平協定は一時的なもので終わってしまいました。

そして ASG《アブ サヤフ》による外国人の誘拐、人質事件が増え、国軍との戦闘が続いて行く事になります。

では このまま、、

2001年以降の出来事をざっくり。

経済では、エストラーダ問題で急落した株式は、新政権への期待感で史上最大の上げ幅。

あのサンミゲルがコカコーラ現地法人を買い戻したりもしてますね

トヨタ労働組合で大規模ストライキ
この頃はホンダ、日産、味の素などでも大きなストが続きますね、

アロヨ大統領、すべての死刑囚を終身刑に減軽もしてます。

8月 ケソン市のホテル火災で75人死亡。

そして 9月11日
《アメリカ同時多発テロ》
これを機に、ミンダナオに拠点を置く武装組織が次々と《国際テロ組織》に指定され、対テロの 米比合同軍事演習も始まって行きます。

911の翌日 アロヨ大統領は日本へ向けて出発。
小泉首相と首脳会談

11月 ブッシュアメリカ大統領と首脳会談、経済、軍事援助を約束
日本だけではなく、アメリカとの関係も強固にして行きます。

同じく11月 サンミゲル、日本のキリンの参加承認
キリンさんもフィリピン市場でがんばってますね!

2002年
1月 今度は 小泉首相がフィリピン訪問
「日本ASEAN包括的 経済連携構想」

アロヨ大統領は この年5月、12月とも訪日して、小泉首相とはもちろん、天皇陛下とも面会してますね。
経済的「密」を進めて行きます。

またこの年、ルソン島全域で大規模停電が起きてます。
私がフィリピンと行来が始まったのがちょうどこの頃。

SMなど綺麗で大きなショッピングモールがあるのに びっくりしながらも
停電が多い事にもびっくり。

この頃は、今のショッピングモールよりも、エアコンの効きが強烈で、寒さにもびっくり。

「それでいて、しばしば停電かよっ」って突っ込んだのも 思い出です。


ちょうどこの動画を納めております
今は、5月後半ですが、ラマダン明けを国民の祝日とする、共和国法もこの年からですね。

そして日本でも報道されました
2003年 青年将兵によるMakati アヤラセンターのホテル占拠事件
アロヨ政権の腐敗に抗議したものでした。
この頃はまだ「理想に向かい突っ走る」若者が多かったのでしょう

2004年4月にMRT−2
Metro Rail Transit の全線開業
2000年に丸紅、東芝などが落札をしたものが完全をしたのですね。

ちなみにLRT−1 Light Rail Transit
は1984年に開業
ニノイ暗殺の翌年です。

ミンダナオ問題

同じく 2004年 アブ サヤフ はマニラ湾コレヒドール島付近でフェリーを爆破
死者行方不明者116名と言うフィリピン史上最悪のテロ事件を起こす。

 ASG《アブ サヤフ》とは?
フィリピンのイスラム主義武装組織で、
1991年 モロ民族解放戦線から過激派として分離

ミンダナオ島周辺の イスラム 社会をカトリック のフィリピン政府から独立させることを目的に結成される。

あの ビン ラディン から設立資金を提供したと言われております。

2000年頃から独立運動よりは、強盗、身代金目的の誘拐などを 繰り返す犯罪組織となり規模は縮小するも、マニラを中心に 爆破テロも繰り返す様になります。
《ラサール記念日爆破事件》もそうですね。

アメリカ同時多発テロ以降、アロヨ政権と米軍合同での
ミンダナオ掃討作戦で壊滅したとみられていましたが
2004年のフィリピン史上最悪の
フェリー爆破テロを起こしました。

2014年頃からISIL(アイシル)の影響下に
ちなみに ISILとは、、
イラクとシリアにまたがる地域で活動するイスラム過激派組織です

2016年ドイツ人、カナダ人を身代金目的で誘拐も、交渉決裂の末に
公開処刑動画を配信し、世界を震撼させたのは、記憶にある方も多いのではないでしょうか?

2017年5月 これも記憶に新しい『マラウィの紛争』もアブ サヤフの指導者を拘束するのも目的の一つでした。

勇者ラプラプの時代から現代にまで続く戦いですね、、

アロヨ政権下の話しに戻りますね。

2004年以降

エストラーダ大統領の辞任により、選挙ではなく憲法の規定に伴い
大統領に昇格したため、支持基盤の脆弱性が危ぶまれ
アロヨ本人も、二期目は大統領をしないと宣言をしていましたが

2004年5月 二期目を賭けた選挙で対抗のポー候補に100万票差で圧勝
結局、、
2010年までの 約10年間にわたり大統領就任することになります。

2006年
日比友好50周年となり
FTA 自由貿易協定
2008年 EPA 経済連携協定の締結

輸出輸入にかかる関税を撤廃削減
サービス業を行う際の規制を緩和
投資環境、ビジネス環境の整備
などなど、、 
経済的関わりが強化されました。
小泉首相、麻生さんとの会談の成果ですね。

そして、IT−BPO
ITによる business process outsourcing
業務の外部委託ですが

とりわけ人件費の安さと、アジア一の英語力を生かして、コールセンターの拠点として

世界から注目され40万人を超える雇用と70億ドルの経済効果に急成長します。

今ではおなじみ、コールセンター以外にも、東映を始めとして日本のアニメまたはゲームの制作の多くも、ここフィリピンで行われる様になりました。

世界的大人気アニメ「ワンピース」の半分が実はフィリピンで作られている!
これも話題にもなりましたね。
その基盤が整ったのです。

そして付加価値税VATは 10%から12%へ

任期を終えたアロヨ大統領は、その後
2011年 選挙法違反容疑で逮捕され
翌年2012年公金の不正流用の疑いで再逮捕されていますが
逃げるかの様に、頸椎疾患のためマニラ軍病院へ入院

またまたその後
何と2018年7月に、女性としては初71歳にして 下院議長に就任。

ドゥテルテ大統領に、任期中に更迭された アルパレス議長に代わり
大抜擢。
2019年6月まで務めました。

中国に強いパイプがあるから ラブコールを受けた? との話しもありましたね。

さてさて、、
このまま続いて

《第15代 ベニグノ アキノ3世 大統領》

「ベニグノ シメオン コファンコ アキノ3世」
通称は《ノイノイ》
(なんか、昔のアイドルみたいですね)

1960年 ガルシア政権最後の年ですが
コラソン アキノ元大統領と 暗殺された
ニノイ アキノとの間に
唯一の息子として生まれます。

妹のクリス アキノはTVの司会
そして女優でもあり、有名人ですね

1981年アテネオ デ マニラ大学 
経済学 学士を取得し卒業
その後アメリカに亡命をしていた家族と合流

1985年「フォー ソーシャル
プログレス」の社員として ナイキ などの販売促進。

1986年イントラ ストラータ
保証会社の副社長
など、政治ではなく 会社勤めをしてますね。

1987年 クーデター未遂事件に巻き込まれ銃撃され
今もなお 首に弾丸が残っているそうです。
(取れないんですかね?)

1998年 タルラック州で下院議員に
2007年 上院議員に
ここでは アロヨ大統領の憲法改正の阻止などをしてます。

2009年 母であるコラソン アキノの死をきっかけに
母が大統領就任を宣言した グリーンヒルズ《クラブ フィリピノ》で
大統領選への出馬を表明。

2010年 「汚職無ければ貧困なし」をスローガンに、大差で大統領に当選

リサール公園で行われた就任演説で、集まった50万人を前に
「国民を貧困から脱却させること、教育施設やインフラの整備、

医療サービス等を最優先に取り組む
民主主義のため命を捧げた両親の遺産を引き継ぐ」と 強調

そして、汚職、逮捕が続いた
腐敗政権に終止符打つと!

政策

で、アロヨ前大統領を 略奪容疑で逮捕
コロナ最高裁長官を弾劾
ビナイ副大統領一族の不正蓄財を追求
エンリレ、レビリヤ、そして ジンゴイ・エストラーダ
(最近お魚を配った エストラーダ元大統領の息子ですね)
この3上院議員を起訴、、
就任早々 飛ばします!

こうした腐敗追求の成果が、貧困削減に結びついた確証こそ ありませんが、大統領 任期の最後まで汚職の噂が 聞こえなかったことが 高支持率につながったとも言えるのでしょう。

また、やはり就任早々の政策で世間を驚かせたのが
「リプロ ダクティブ.ヘルス法案」を支持。

この法案は コンドームなど避妊具を支給するもので、快楽のための性交渉は絶対的 NG の カトリックの教えに反するものでは?
場合によってはカトリックから破門さえ有り得る、、と言われた中
「望まない妊娠、闇の中絶 から女性を守る!」と可決しました。

これとは関係があるのか、無いのか?
アキノ大統領は フィリピン大統領で唯一の独身者なんですね。

プライベートでは、射撃とビリヤードの熱狂的なファンであり、ヘビースモーカー
大統領選の期間中は

「当選したらタバコをやめる」

と宣言をしていたそうですが、慣れない政治重圧に禁煙を断念とか。

他の法案では、独占禁止法に相当する
《公正競争法》なども制定。
財閥の独占もですが、悪しき文化でもある 闇取引、密輸にもメスを入れます。

大統領任期中、6年間の経済成長は6%を超え、国債の格付けもBB−からBBBの《投資適格》に

ちなみにGDPの伸びは歴代政権下の平均は
マルコス3.5%
コラソン4.1%
ラモス3.8%
エストラーダ2.7%
アロヨ4.4% で
6%超えはダントツですね!

ドイツの
《トランスペアレンシー 》が
毎年公表する国家の腐敗認識 指数
(そんなのがあるのですね~)

調査対象175カ国中 就任時の
2010年の134位から
2014年には87 位に急上昇してます。

そして
2014年には人口も1億人突破!

前政権から世界的注目を浴びた
BPO (Business Process Outsourcing )は
就労者120万人と前政権の3倍
経済規模も190億ドルに迫る勢いに。

マルコス政権 後半より続いた独裁、動乱、スキャンダル、金融危機、、など 政情の不安定が続き、、

「アジアの病人」とまで呼ばれASEAN主要国 常連最下位だったフィリピン経済も
「人口ボーナス期」への期待もありグングン伸びて行きます。

日本からも、キャノン、村田製作所、ブラザー、バンダイ、セメダイン、富士フイルム などなど、、
大型の新規投資が相次いだのもこの頃です。

この背景には フィリピン経済の回復だけでなく、2011年 タイで起きた
大洪水被害によるサプライチェーンの混乱を教訓として
製造拠点を分散させる動きによるものもありました。

ただただ、、経済成長はイケイケで 進んだものの インフラ整備がそれに伴わず、現在の道路渋滞や
世界最悪と言われたマニラ国際空港の有り様となります。

また、この頃には OFW (Overseas Filipino Workers) 海外就労者 が
人口の10%以上 1000万人以上が、中東を中心に出稼ぎへ。

280億ドル以上 GDPの約10%を国内に送金。

景気を支えてます。

現在は、コロナウィルスの世界的な経済停止で、OFWがこの数ヶ月で5万人以上帰国するとの予想

すでにフィリピン国内でも140万人以上が、職を失ったと 労働雇用省の発表があったばかり
どうなる事やら?

2012年ミンダナオの
MILFモロ イスラム解放戦線と
和平合意
4年後に
自治政府設立に向けた枠組みでしたが、、
これも結構、2014年、2015年と大規模な軍事衝突
多くの死傷者、難民を出す事になります。

 また《教育制度改革》は、記憶に新しいですね
従来の初等教育6年、中等教育4年の合計10年を、それぞれ6年、6年の
世界基順 12年に改めました。

それまでは 2年間 教育期間が短かかったため、学力の低下、詰め込み教育によるドロップアウトも多く

そもそも、就学 終了年齢は基本16歳
しかしフィリピンも
成人年齢は18歳
大学などに進学しない子供の多くが空白の2年を過ごすことになっていたた訳ですね。


ではこのまま

2015年の出来事

1月、ローマ教皇フランシスコ 来比

5月、マニーパッキャオ vs
メイウェザー戦で、残念ながらパッキャオが敗れてしまいましたね
(スタッフも超〜沈んでました)

ファイトマネーが総額360億円と言うのも話題になりましたね。

11月 APECがマニラで開催
これは、、忘れはしません。
この準備のためか、お役所業務がすっかり止まってしまい、私のビザ更新 
2〜3週間と言われてたのが全く進まず、そのままクリスマスシーズンに入ってしまい、役人が仕事をしなくなり、、
結局ビザ更新は翌年に
その間日本へ帰国が出来ず、、
私より、フィリピン人の奥さんの方が「何だこのフィリピンのシステムは 😈 」と ブチギレてたのも
思い出です。

高速道路、EDSAにもAPEC LINEなるものができ、、超渋滞
おかげで初めて遅刻したので、このAPECはホント 忘れません!

余談ですが、今のドゥテルテ大統領に変わってからしばらくすると、、
役人、警官の働きが見事に変わりました。

お役所の昼休み2〜3時間当たり前だったのが 無くなったり
12月は全く機能しなかったのも、クリスマス直前まで窓口がやっていたり。

ここ数年でフィリピンに移住をされた方で、「なんだあのお役所の対応」
と言われる方もいるかと思いますが、、
「前はもっともっとひどかったんですよ、、」と言いたいですね!


そして12月 ミス ユニバース2015
《ピア ウォルツバック》さんが優勝

フィリピン史上3人めの快挙となります!
(えー 私事ですが、、初代の方とは何度も会っております)

ところで司会者が優勝者の発表を間違えると言うハプニングが世界を笑わせ、、イヤ驚かせましたね
(あれは、、ヤラセでしたよね!)

そして、、2016年
時代は《第16代 ロドリゴ・ドゥテルテ大統領》へと!!

今は  2020年5月末
今現在はコロナウィルス首都圏ロックダウン中
ある意味歴史的瞬間かもしれません。
行政、財政はコロナの対応で手一杯

でも、こんな時でも私利私欲に走り、火事場泥棒をする奴が、次から次へとは湧いて出てきております。

もう以前の『通常』に戻る事は無いように思えますか、
一段落ついた暁には
ドゥテ大統領の、小悪党への『鉄拳』を期待しております。

 ↓あらためて、、今回の動画です


 

はい!
フィリピン ロックダウンが長引き、ヘアーサロンがオープンできず、
ニート状態になってしまったのを機会に始めた
フィリピンのざっくり 歴史探索ですが、なんと私の、、

大大大好きな
《ピア ウォルツバック》さん で締めくくれるとは思ってもいませんでした。

今回は特に長かったですね!

そして今まで本当に長いお時間の、お付き合い頂き ありがとうございます。


『ざっくり知ろう! フィリピンの歴史編』 
episod0
 基本情報と原始から植民地前夜
episod1
 スペイン帝国の植民地へ / ホセリサールの生涯
episod2
 アメリカの植民地へ / ボニファシオの生涯
episod3
 コモンウェルスって?/ 太平洋戦争突入
episod4
 太平洋戦争終結 / 第三共和国へ
episod5
 戦後〜マルコス政権へ / 歴代大統領はどんな人
episod6
 マルコス独裁政権 / 戒厳令は何だったのか?
episod7
 マルコス独裁の終焉と『エドゥサ革命』
episod8
 コラソン アキノ / フィデル ラモス大統領

そして 今回の
episod9 ジョセフ エストラーダ
 グロリア アロヨ / ベニグノ アキノ3世 大統領時代


歴史シリーズは今回で最後となりますが、私はまだまだこの先
フィリピンで生きていきます!

そうフィリピンで平和で生きていくため、政治的、財閥関係の言えないことも あったりもしますが、、

でも、、また 新たなテーマにて
ちょこちょこと小出しにしていくかもしれませんので、最後ではありますが ↓のポチッとを、、
なにとぞ よろしくお願いいたします。

本当にMalaming Malaming Salamat Po

(終わったぁ〜)

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